2020年5月24日日曜日

コーカサス旅行記#40-ジョージアの山中に建つロシア-グルジア友好記念塔

旅行時期:2018年10月

6日目

カズベギ(ステパンツミンダ)村までは、途中にある写真スポットに寄りながら進んでいきます。
まずは、何もない山の中に突然現れる「ロシア-グルジア友好記念塔※」。
※ジョージアは以前グルジアと呼ばれていた。

=====ガイド=====
ロシア-グルジア友好記念塔は、1983年にロシアがジョージアとの友好200年の記念として建てたモニュメント。
壁画の中央に描かれている女性(母)と男の子は、女性が「ロシア」で男の子が「ジョージア」を表している。つまり、ロシアに守られるジョージアという意味で、地元の人には不評。
向かって女性の左側にはジョージアの文化、右側にはロシアの文化が描かれている。
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2020年5月23日土曜日

コーカサス旅行記#39-[動画あり]ジョージア軍用道路を通ってカズベギ(ステパンツミンダ)へ

旅行時期:2018年10月

6日目

8時、ホテル出発。
今日は「ジョージア軍用道路」を通って、ロシア国境にほど近いカズベギ(ステパンツミンダ)村へ向かいます。



=====ガイド=====
ジョージア軍用道路はロシアの北オセチア共和国のウラジカフカスまで約206kmある。この軍用道路は、18世紀の終わりから19世紀はじめに、ジョージアに目を付けたロシアが、アスファルトで道を作った。そして、1801年にロシアがジョージアに侵略したときこの道を使ったことから、軍用道路という名前になった。

軍用道路はロシアとジョージアをつなぐ唯一の道で、さらにヨーロッパとアジアを結ぶ大動脈となっている。他の道もあったが、今はロシアによって支配されている。ジョージアの国土の20%はロシアの支配下。
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2020年5月16日土曜日

コーカサス旅行記#38-「Astoria Tbilisi Hotel」の朝食

旅行時期:2018年10月

6日目

朝起きると、ちょうど日の出が綺麗だったので、ホテルのベランダから撮影。
薄い雲はありますが、今日も晴れそうで良かったです。






実はこの日は、ジョージアの山岳地方へ行く予定で、私的には今回の旅行のハイライト。なので、どうしても晴れてほしかった。

2020年5月9日土曜日

コーカサス旅行記#36-高台のレストランでジョージア名物ヒンカリの夕食

旅行時期:2018年10月

5日目

トビリシの市内観光の最後は、丘の上にあるレストランで夕食です。
今夜のメインは、ジョージア名物「ヒンカリ」(下から3番目の写真)。
見た通り、水餃子の大きいやつで、中央アジアのマンティ(餃子)が伝わったのだそう。











2020年5月6日水曜日

コーカサス旅行記#35-温泉街もあるトビリシの旧市街を散策

旅行時期:2018年10月

5日目

メテヒ教会から歩いてトビリシの旧市街へ向かいます。
石畳の細い路地が続く街並みは、おしゃれなカフェなどが並んでとってもいい感じ。

=====ガイド=====
18世紀にきたシャルデニというフランス人が、トビリシのスケッチを描いていた。前大統領はそのスケッチをもとに町を再開発した。
この通りはシャルデニの道と呼ばれている。カフェやレストランが立ち並び、ランチ時から翌朝の3時とか4時とかまで開いていて、水たばこなども楽しめる。

座ってグラスを持っている像はタマダ像で、タマダとは、宴会で乾杯の音頭をとる役目の人のこと。ここにあるのはレプリカで、本物は博物館にある。紀元前7~8世紀のもの。8000年まえのワインのツボもタマダ像と一緒に発見された。乾杯したら一気にワインを飲み干さないといけない。
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2020年5月3日日曜日

コーカサス旅行記#34-ジョージアの首都トビリシ観光。眺めのいいメテヒ教会へ

旅行時期:2018年10月

5日目

ムツヘタからトビリシに戻り市内観光です。








=====ガイド=====
トビリシの街は、イベリアのワフタング・ゴルガサリ王が最初にこの場所を発見し5世紀にできた。

伝説によると、彼は自分の鷹を連れて狩りに来た。その鷹が鳥を追いかけて飛んでいったため、それを追っていったら、鷹も鳥も熱いお湯に落ちて死んでいた。彼は、そのことによってここに湧き出る温泉を発見し、町を作ることを命じた。トビリシの「リシ」はジョージア語で「熱い」という意味。

そしてこの場所を首都にしたが、その理由は、街が3つの山に囲まれて、4本の川があるため防衛に都合がよかったため。

山の上に城壁が残っているが、これはナリカラ要塞。4世紀にはあったため、ワフタング・ゴルガサリ王は、この町を首都としてからさらに強化拡大していった。ナリカラ要塞は長さが4キロ、高さは25m、門が7つあり、中には300の家族が住んでいた。しかし、保管されていた爆弾などの武器が爆発して壊れてしまった。その後20世紀の終わりには、教会が建てられ現在に至っている。「ナリカラ」という名前は「侵略し辛い」という意味がある。

「聖なる山」と呼ばれるムタツミンダは、ふもとからロープウェイで行くことができる。山頂には遊園地があり、街の景色が一望できる。

丘の上に建っている女性の像は「ジョージアの母」と呼ばれるもので、剣とワイングラスをもっている。剣で戦い、ワインでお客をもてなすという意味。旧ソ連時代の像で、当時は木造だったが、今はアルミでつくられている。高さは20mほど。

ムトゥクヴァリ川に架かるメテヒ橋では、13世紀にモンゴル人に侵略されたときに、踏み絵のようなものがされたらしい。モンゴル人が聖マリアなどのイコンを置いて、それを踏むか死ぬか選ばせた。結果、数万人の人が断って殺された。それにより、この川は血で赤く染まった。
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2020年5月1日金曜日

コーカサス旅行記#33-世界遺産ジョージア最古のスヴェティツホヴェリ大聖堂

旅行時期:2018年10月

5日目

これから見学する世界遺産の「スヴェティツホヴェリ大聖堂」は、ジョージア最古の大聖堂。
重厚な城壁の間にある入り口から入ります。






=====ガイド=====
赤レンガの城壁のオリジナルは11世紀、現在見られるのは18世紀のもの。門に牛の頭がついているが、角が月の形ににているため月の神様の象徴で、古い文化の影響が残っている。牛はキリスト教以前から、農業のシンボルでもあり、月の神のシンボル、また、4福音書のルカのシンボルだった。

ジョージア語で「スヴェティ」は「柱」、「ツホヴェリ」は「生命を与える」という意味。柱の伝説から名付けられた。この建物はジョージアが経済的に豊かだった11世紀に19年の歳月をかけて創建。13世紀の地震で崩れたが修復され今に至っている。

元々は、キリスト教がイベリア王国の国教となった後、ムツヘタの王宮の庭の木造聖堂の跡地に建てられた。ジョージアの聖堂の中では古さと大きさの点で群を抜く。

首都がトビリシに移った後も、長くグルジア正教の総主教座が置かれていた大聖堂であり、王の戴冠式などもこの大聖堂で挙行され続けた。
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