2016年4月5日火曜日

薬研温泉旅行記#10-薬研温泉街の散策

旅行期間2016年3月

2日目

大満足のランチを食べた後は、もう少し先にある奥薬研橋まで行ってみました。
橋の上からは渓谷の景色が見渡せ、渓流沿いには先ほど入った「夫婦かっぱの湯」も見えます。








橋を渡ると山の中を歩ける散策路の入口がありますが、雪のあるこの季節は閉鎖中。この道を通っても薬研温泉の方まで行くことができます。





元来た道を戻り、宿泊している薬研温泉の温泉街を散策してみました。




薬研温泉の由来
温泉が薬研と呼ばれるようになったのは、江戸時代初期のことである。
元和元年(1615年)大阪夏の陣で豊臣方に味方した城大内蔵太郎(じょうおおくらたろう)という武将が、徳川方に敗れ、追手をのがれて海路流れついたところが、大畑川河口付近(孫次郎間=旧大石)であった。
さらに残党狩の目をのがれて陸路大畑川をさかのぼり、安住の地として温泉の豊富なこの土地を見つけ、湯の湧き出る箇所が、漢方薬種を砕粉するために使用する薬研という器具に似ていることから名づけられた言われている。
その後、城大内蔵の家臣であった生茂佐衛門(はじjめもざえもん)の一子仁佐衛門(にざえもん)が寛文七年(1667年)二十八代南部重直公から湯守別当を命ぜられ、以来、明治まで十二代にわたって務めている。
また薬研には、豊臣秀頼公持仏の薬師如来像を温泉の守護神として安置している薬師堂があり、毎年七月、薬師堂大祭と丑湯まつりの合同祭典が盛大に行われている。
薬研温泉郷は、昭和四十三年七月下北半島国定公園に指定された。
泉質は、単純泉で無色透明、無臭。疲労回復、慢性筋肉リウマチ、慢性関節リウマチ、神経痛、神経炎、骨及び関節等の運動機能障害、外傷性障害の後療法、心臓血行器病、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アレルギー性気管支カタル、小児病、内分泌系疾患等に効果がある。(案内板より)


まずはホテルの近くに建つ薬師堂でお参り。








ホテルを背にして温泉街の入口の方へ歩いていきます。
今は雪に埋まっていますが道の片側には公園があり、その反対側には休憩所や駐車場も完備。







 


さらに進むと「国設薬研野営場」へ続くわき道があり、そこへ入らず真っ直ぐ進むと温泉郷の入口に到着。紅葉橋を渡って左に行くと大畑町へ、右に行くと恐山(冬季閉鎖)です。
休憩所からここまではほんの5~6分なので、十分歩ける距離です。














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