2014年1月19日日曜日

四万温泉旅行記#03-四万川ダムと重要文化財の日向見薬師堂

旅行期間:2014年1月

1日目

観光案内所で教えてもらった四万川ダムと日向見薬師堂の方へ行ってみることにしました。
四万たむらの裏からまわり、湯薬師トンネルを通って、ゆずりは大橋を渡ります。ここからは四万川と渓谷を見渡すことができました。
どんどん山奥に入っていくと、雪の積もっている場所が徐々に増えてきます。

 

 

 

 


途中、「小泉の滝」という滝が見えるポイントに。
展望台からのぞいてみると、遠くの方に小さな滝が見えました。
そこから四万川へ流れる水が綺麗なこと。

小泉の滝・楓仙峡
楓仙峡の途中に位置する落差の小さな滝。四万では唯一、道路沿いの滝見園地より滝を眺められ、歩かなくても滝を見ることができる場所。四万川と日向見川が合流する場所でのある。紅葉時の景色は絶景なので一見の価値あり。(案内板より)

 


このあたりからダムの姿が現れました。
雪で覆われた橋をツルツル滑りながら渡ると、ダムへ続く道と重要文化財の日向見薬師堂への道とに分かれました。
まずはダムの方へ。

 


こちらから行くとダムの麓に着き、聳え立つ壁を見上げる形になります。
案内板によるとこのダムは、堤高89.5m、堤頂長330m、堤体積516,000㎡、ダム天端標高EL769.5mで、中之条町と太田市、群馬県企業局の水道水として供給しているそう。

麓は広い公園になっていて、発電所もありました。
このときは、地元の人も観光客も人っ子一人いなくて閑散としていましたが、大きな駐車場の脇から四万川へ下りれる階段もあるので夏には賑わいそう。

 

 


ダムの脇に上に続く階段があったので、せっかくだし上ってみようと近づくと、入り口が閉まっていました。
ダムでせき止められたところは奥四万湖という湖になっていて、パンフレットの写真で見ると真っ青でとても綺麗。
残念ですがまたの機会に来ることにして、日向見薬師堂に向かいました。

ダムから15分ほど歩くと、日向見薬師堂の門に到着。
そこを抜けるとお籠堂があり、その奥に薬師堂が建っています。

 


日向見薬師堂
温泉の薬効から、湯前明神を祀ってきた。この木地仏は、薬師如来である。現存している棟札から、創建は天文6年(1537年)以前と考えられ、現在の堂は慶長3年(1598年)に、藤原家定が沼田城主真田信幸の武運長久を願って建立したものです。室町時代末期の繰形をよく表しているわが国の数少ない唐風建築で、組物は唐様出組、桝の形、木鼻の絵文様、渦巻きの形など当時のものをよく残しています。昭和25年8月29日国の重要文化財に指定されました。(案内板より)

薬師堂のお籠堂(おこもりどう)
薬師堂の前にあるこのお籠堂は、明治22年の「四万村誌」によれば、慶長19年(1614年)に建てられたものである。間口約4.79m、奥行き約3.66mで中央に幅約1.01mの通路が設けられている。この通路の両側は現在ガラス戸となっているが、はじめは戸や障子などの仕切りもなく開放されたものであった。
このお籠堂には、湯治客(温泉に入って療養する人)が病気を治すために定められた日数、すなわち一昼夜、7日、100日などの期間、心身を清めお籠堂に閉じこもってお経を読んだり、「南無妙法蓮華経」や「南無阿弥陀仏」を唱えたり、また、断食(食べ物を食べない)、水垢離(清水を浴びて心身のけがれをとり、神仏に祈願すること)などの荒行をすることもあったという。
いまは通路の両側にガラス戸を建て、堂の用具を保管したり、参拝者にお守りなどを授ける場所としている。
昭和60年(1985年)に解体修理を行い現在に至っている。建築年代と、構造上中央を通路にしたものは数少なく貴重な建物である。(案内板より)

薬師堂
この建物は、一重の寄棟造で屋根を茅葺としています。規模は正面、側面ともに三間です。前方二間は外陣、後方一間は内陣とし、その境に格子戸を嵌め込んでいます。建築様式は和様と禅宗様の折衷様式です。方一間の鏡天井を支える内部架構、出組の組物、粽の柱、柱頭を連結する頭貫、正面出入口の桟唐戸等各所に禅宗様の様式を見ることができます。
棟札によると、慶長3年(1598年)伊勢国鹿目喜左衛門藤原家貞が、真田信幸の武運長久を祈願して建てたものです。大工は地元出身と推察されている横尾縫殿助が担当しています。なお、堂内の厨子は天文6年(1537年)に造られたものです。
この建物は、重要文化財に指定されている県内唯一の寺院建築であり、現存の寺院建築として県内最古のものです。
薬師堂は、お籠堂とともに温泉と結びついた薬師信仰を物語る建物としても貴重なものです。(案内板より)


ツララが垂れ下がり苔むした茅葺屋根のお籠堂を抜けると、今度は黄金色の茅葺が美しい薬師堂が現れます。
お堂には、あちこちにお札が貼られていたり、たくさんのしゃもじがあったり、なんとも趣があります。

 

 

 

 

 




このお堂の脇には「御夢想の湯」という浴場があり、観光客は午後15時まで入ることができるそう。(この温泉街の共同浴場は、どこも15時までなら観光客が入れるようだ)

御夢想の湯
永延3年頃、源頼光家臣四天王の一人、日向守碓氷貞光の夢まくらに童子が立ち、四万の病脳を治す霊泉を教えたという伝説から名付けられた古湯。
また、延歴頃、坂上田村麻呂が東夷征伐の途中に入浴されたという伝説もある。四万温泉発祥の地とされている。(案内板より)

 

 


帰りは別の道を通って旅館へ行きましたが、途中には足湯もあるので、ゆっくり温まりながら散歩するのもいいと思います。
また、今の時期は大丈夫だと思いますが、熊出没注意の看板や熊避けの鐘があちこちにあるので、季節によっては気をつけましょう。

温泉街について落合い通りを通っていると、スマートボールで有名な「柳屋」で、さきほど観光案内所で聞いた香港の取材クルーが撮影していました。
ふと見ると、レポーターらしき女の子たちとともに、何かの黄色いキャラクターの着ぐるみが一緒にはしゃいでいました。もしかしたらアレに、「私は着ぐるみを着るので」と言っていた観光案内所のおじさんが入っていたのかもしれない。




がんばれ、四万温泉協会!


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