2013年10月16日水曜日

トルコ旅行記#04-イスタンブール市内観光(地下宮殿)

旅行期間:2013年9月29日~10月8日

2日目

ブルーモスクの敷地を出ると、公園をはさんだ向こう側にアヤソフィアが見えました。
アヤソフィアは今日は外観だけで中の見学はツアー後半です。






公園を通り抜け街中に出ると、石畳の道に線路が走っていました。
そして少しすると近代的なフォームをした路面電車が登場。
見ていると、結構な頻度で行き交っています。

 

 


その道を渡り、小さな入り口から地下宮殿に入場。
たくさんの柱が立ち並びところどころライトアップされていてとても幻想的です。
でも、中はとても暗く湿気がすごい。
なのに入り口を降りたところにカフェがあります。






暗いので三脚を立ててゆっくり撮影したいところですが、団体旅行にそんな時間はありません。
ブレブレを承知で手持ちで撮影しながらハヤティーさんの後に着いていきます。

=====ガイド=====
ビザンチンの貯水池だった。今は博物館。
湿気が多いため、今でも天井からしずくが落ちて下にたまる。
そこには水を浄化するために魚が泳いでいる。

 


天井はレンガでできていて、18世紀のオスマントルコ時代に修復された。
中にある柱はほとんどがコリント様式で336本あった。
紀元前3~4世紀あたりのビザンチン時代に、エーゲ海の方の遺跡からこれらの柱を船で運んで持ってきた。
そういった石を使って内部が宮殿のようなため地下宮殿と呼ばれている。

貯水池内を見学する通路は26年前に作ったもの。
それ以前は、ボートにのって観光していた。
ジェームズ・ボンドの映画「007 ロシアより愛をこめて」の撮影が行われたこともある。
ビザンチンのメインの貯水池でこういうのは世界中でここしかない。

 


「涙の円柱(泣いている柱)」という涙の形が掘られた柱がある。
これは、紀元前4世紀にエフェソスの南にあるディーディマという町にできたアポロン神殿から持ってきた。アポロン神殿には123本の柱があったがそのうちのひとつ。

当時、悲しいことがあるとアポロン神殿の柱の前で泣いていたことから涙の柱と呼ばれている。
柱には穴が開いていて、そこに親指を入れて一回転できると願い事がかなうとされている。

イスラムには目玉の魔除けがあり「神様の目」と言っているが、実は紀元前4世紀に出てきたデザインで関係ない。
西海岸のカーリアという地方の素晴らしい大理石でできていて、アポロン神殿も同じ大理石でできている。




宮殿の奥にはわざと横と逆さまにしたメデューサの首がある。
1984年の修復の時に発見された。

 


ここはいろいろな時代が重なっている。
この場所は5世紀(日本で言うと飛鳥時代、トルコで言うとビザンチン)、柱やメデューサは紀元前4世紀、天井は17~18世紀。

 


ビザンチンもオスマントルコも同じことをやっていた。
王様がいい石はどこにあるかと尋ねると、「トルコの西海岸のアポロン神殿」という答えが返ってきた。
それで、そこを崩していい石を持ってこいと命令していた。
オスマントルコの王様というのは世界の三分の一の王様でものすごく強かった。
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外に出ると開放感と共に、強い日差しが降り注いできます。
そんな中、ランチにはまだ少し時間があるからと予定にはないヒッポドロームというローマの大競技場跡へ連れて行ってくれました。


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