2013年10月11日金曜日

トルコ旅行記#02-イスタンブール市内観光(トルコについて)

旅行期間:2013年9月29日~10月8日

2日目

朝起きて窓の外を見ると、ちょうどマルマラ海に朝日が昇っていました。
海には何隻もの船が浮かんでいます。



朝食を食べて9時ホテル出発。



今日はイスタンブールの市内観光です。
イスタンブールの観光は、今日とツアー後半に分けて周る予定。
観光を始める前に、まずはバスの中で街並みを眺めながらハヤティーさんによるトルコについての講義です。

 


=====ガイド=====
トルコの歴史は大変深く難しい。
ここでは12の文明が誕生した。

ここは、イスタンブールのヨーロッパサイド。
このあたりは昔トラキアと呼ばれていた。
チャナッカレという町からチャナッカレ(ダーダネルス)海峡を渡るとアジアサイドになる。

イスタンブールは大都会で人口は1800万人。
マルマラ海と黒海に囲まれている。
マルマラ海にはたくさんの船がいるが、これはボスポラス海峡を渡るために順番待ちをしている。勝手には入れない。

イスタンブールは長い歴史の中で4回名前が変わっている。
最初はビザンチンと呼ばれ、これは、1784年にひとりのフランス人の大学の先生が作った呼び名。
ビザンチンとは東ローマ帝国のこと。

紀元前7世紀に、ビザンツという方がギリシャのダフィシュネに行った。そこにいた預言者たちが彼に、現在のトプカプ宮殿のまわりに町を作ることを勧めた。
そのようにして初めてビザンチンという町ができた。

その後、396年にイスタンブールは東ローマの首都になった。そのときイスタンブールは「ネオローマ(新しいローマ)」と呼ばれていた。

簡単に言うとこの町は15世紀までにずっとビザンチンの町だった。15世紀にメフメット2世によってオスマントルコになった。
日本ではだいたい安土桃山時代のこと。

ビザンチンの城壁は今でも残っており431年のもの。
昔のビザンチン帝国は9キロの城壁に囲まれていた。
これからバスごと城内に入るが、中の旧市街は、28年前に世界遺産に登録されている。
海沿いには7世紀(日本でいうと奈良時代)のビザンチンの港の跡コンドスカレもある。

トルコを漢字にすると「土耳古」と書き、「古代文明の国」という意味。
国家はチューリップ。
チューリップの花はもともとトルコのものでオランダではない。16世紀にイスタンブールのトプカプ宮殿からオランダにいった。
チューリップという言葉は「チュリパン」という言葉から出てきた。チュリバンから現在では「ターバン」という言葉も出ている。ターバンはトルコの帽子(王様の帽子)。チューリップの形をしている。
毎年4月にはイスタンブールでチューリップの祭りがある。

イスタンブールにはイスラムのモスクが823ある。
これからブルーモスクに行くが、このモスクは世界で2番目に大きい。一番はサウジのメディナにある。
サウジのメッカとメディナはイスラムの世界では2つの聖地になる。預言者マホメットが生まれた町と亡くなった町。
ここは大変厳しく、二つの町にはイスラム教徒だけしか入れない。厳しいからトルコ人はいかない。

トルコの国全体の3.3%だけがヨーロッパに入っている。残りは全部アジアサイド。
そのため、トルコのことはふたつの言い方がある。
ひとつは小アジア、もうひとつはアナトリア半島。アナトリアとは古代ギリシャ語で「日の出の国(文明の発祥地)」という意味。

これから行くブルーモスクについて。
なぜ「ブルーモスク」と言われているのかというと、中がブールだから。
トルコ人はブルーモスクとは呼ばず「スルタンアフメットモスク」と言っている。スルタンはオスマントルコの王様のこと。
ブルーモスクは17世紀のオスマントルコの黄金時代にアフメット1世が建てさせた。
中は素晴らしいブルーのタイルでできているので現在ではブルーモスクと呼ばれている。このタイルは日本で言うと伊万里焼みたいなもの。ブルサとイズニックの焼き物で、このあたりは焼き物の他に草木染シルクが有名でブルサはオスマントルコの最初の首都だった。

トルコを観光する際の注意点。
トルコの女性は、8割くらいはみなさんと同じ格好をしている。スカーフをかぶっていなかったりミニスカートをはいている。
しかしあとの2割は敬虔な信者さんなのでスカーフをかぶっている。そういう人たちをターゲットに無断で写真を撮ると問題になることがあるので、もし撮りたい場合は本人に聞いてみること。
また、頭から足まで黒い服を着ている女性は、トルコ人ではなくイランとかサウジから来たシーア派の人たち。そういう人たちはものすごい厳しいので、絶対に写真を撮るのはやめてほしい。

イスラム教は基本的にスンニ派とシーア派に分かれていて、トルコ人の97%はスンニ派。そして、例えばイラン人は93%がシーア派でトルコとは逆。
このふたつの大きな違いは、預言者マホメットの歴代の相違。スンニ派はマホメットから4人の後継者が続き、シーア派はマホメット後1人だけ。

ユダヤ教とキリスト教には10の義務があり、イスラム教には5つある。
この3つの宗教はほとんど同じだが、時代と預言者だけが違う。預言者とは神様のお告げを伝える人。
ユダヤ教は紀元前5世紀くらい(仏教と同じくらい)で預言者はモーセで旧約聖書、キリスト教はキリストで新約聖書、イスラム教は7世紀に始まってコーランができ、預言者マホメットが生まれたのは6世紀。
この3つの宗教の共通点は神様が一人だけで火葬はしない(土葬だけ)。

コーランの5つの義務とは
  1. 神様は世界でただひとつで預言者はマホメット。それを信じること
  2. 一日五回毎日お祈りする(この時期だと朝5時40分に始まって夜9時40分ごろ終わる。一回30分くらい)
  3. 貧しい人にほどこしをする
  4. 断食(ラマダン)をする(1ヶ月間。日の出から日没まで食べ物も飲み物も禁止。毎年イスラム歴によって10日ずつ早くなる。冬は日没が早いのでラク)
  5. メッカとメディナに巡礼に行く
イスタンブールやエーゲ海の方のトルコ人はあまりお祈りも断食もしない。こういう町では老人だけがモスクに行ってお祈りしている。田舎の方にいくとみんなやっている。

イスタンブールは多民族国家になっていて、イスラムのモスクの他にもキリスト教の教会が96、ユダヤ人の教会が17あり、その他少数民族も住んでいる。

旧市街の魚市場では、スズキ、アジ、イシガレイなどがあり、ほとんど黒海でとれたもので、特にカレイとヒラメは世界で一番美味しいと思う。
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