2019年1月26日土曜日

コーカサス旅行記#05-アゼルバイジャンの世界遺産バクー旧市街のシルヴァン・シャー宮殿

旅行時期:2018年10月

2日目

次は、世界遺産のバクーの旧市街の観光です。

=====ガイド=====
バクーはかつて二重の城壁で囲まれた街だった。今では12世紀末に造られた内壁だけが残り、旧市街を形作っている。
城壁は10mから12m間隔で二重になっていて、1500mの長さがあったが、今は内側の500mが残っている。

旧市街は「イチェリ・シェヘル(内壁)」と呼ばれている。1870年までバクーというとこの城壁内部の22ヘクタールしか街がなかったそうだが、石油発見後、ノーベル兄弟などに代表される海外資本が入り、街が急激に広がった。
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旧市街の見どころシルヴァン・シャー宮殿へ。

=====ガイド=====
シルヴァン・シャー宮殿は、シルヴァン王国の宮殿。シルヴァン・シャー王朝は、13世紀から16世紀にかけて、アゼルバイジャンの一部を支配した王朝だった。

シルヴァン・シャー王国は、13世紀当初は首都をバクーより西の内陸のシャマフに置いており、バクー近くのカスピ海の小島に避暑用の夏の宮殿を造っていた。この夏の宮殿は、大地震でカスピ海に沈んでしまったが、15世紀になって勢力を強めたしシルヴァン・シャー王国はバクーに遷都し、新しく宮殿を築いた。それが現在のシルヴァン・シャー宮殿となる。
宮殿内部には複数のモスクや、聖者廟、王族の霊廟など多くの建物が建てられている。

シルヴァン・シャー朝の時代、シルクロードを通じて、カバラ、シャマハ、ガンジャ、バイラカンなどの商業都市が繁栄を極めた。様々な文明・支配者が交錯するコーカサス地方だが、シルヴァン・シャー王朝はティムール帝国からオスマントルコの時代にかけて、かろうじて独立を維持した国だった。

シルヴァン・シャー王朝(または、マズヤド朝)は、861年にハイサムによってたてられたスンナ派イスラム王朝。首都はシャマハ、後にバクーに遷都。アッバース朝混乱期に乗じて設立され、以後、1067年から1382年にケスラーニー朝(ムハンマド・ブン・ヤジード)、1382年から1538年にダルバンド朝(シャイフ・イブラーヒム)と続き、サファビー朝によって滅亡させられた。
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