2015年11月16日月曜日

キルギス・カザフスタン旅行記#38-カラコルの「FAKIR」で夕食

旅行期間:2015年7月

5日目

カラコル渓谷から一旦ホテルに戻り、そのまま夕食へ向かいます。
今日のレストランは、カラコル市内にある「FAKIR」。
観光客むけのお店ではなく、町の人たちご用達という感じです。

 


今日のメニューは、サラダ二種、肉と野菜のカフカス(焼いたものという意味でコーカサスの人向けに作られた料理)、パン、デザート。







2015年11月15日日曜日

キルギス・カザフスタン旅行記#37-カラコル渓谷でフラワーハイキング

旅行期間:2015年7月

5日目

カラコルの市内から一旦ホテルによって荷物を置き、そのまま小型バスに分乗してカラコル渓谷へ出発。
町とは反対方向の山の方へしばらく走っていくと渓谷のゲートに到着し、そこからさらに山道を登って行きます。広がる草原には馬や羊が放牧されたくさんの花が満開に咲き誇りとても綺麗。

ガタガタ道を15分くらい行くと、終点の駐車場に到着。ここには大きなホテルがあり、その脇にスキーのリフトが設置されていました。

 

 

 


=====ガイド=====
冬も夏も観光客がきて、冬はスキー場になる。このあたりは2300mくらいだが、これから上がるところは標高3000mくらい。高山植物を見ながら、スキー場をハイキングしながら登って行く。
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さっそく歩きはじめると、小さな花が咲いているのが見えてきました。

 





 



2015年11月13日金曜日

キルギス・カザフスタン旅行記#36-世界でも珍しい木製のドゥンガンモスクとジャイカのショップ

旅行期間:2015年7月

5日目

ランチのあとは、カラコルの街中の観光です。

 

=====ガイド=====
カラコルは、ロシア人が初めて攻めてきた土地だと言われている。9世紀のはじめごろは、ここの人口の60%はロシア人だった。町は、ロシア人とウクライナ人によってつくられたが、1910年、中国から中国系イスラムのドゥンガン人が来たため、ドゥンガン人とウイグル人の数が多くなった。
町の中心はカラコルバザールになる。カラコルというのは「黒い湖」という意味で独立後にその名前になったが、ソビエト時代は「プルジェヴァリスク」という名前だった。詳しくいうと、1920~1955年までは「プルジェヴァリスク」と呼ばれ、その後一年間だけ「カラコル」、そしてまた「プルジェヴァリスク」になり、独立後に「カラコル」に落ち着いた。
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まずは、世界でも珍しい木製のドゥンガンモスクへ。
女性は入口でスカーフを借りて、それで頭を隠してから中へ入ります。

=====ガイド=====
ドゥンガンモスクはドゥンガン人が建てたもの。ドゥンガン人とは、中国から逃れてきたムスリムの人たち。民族的には、ウイグル族ではなく漢人の回族。木だけで作られたモスクで、これはキルギスだけ。入口にはアザーンの時間が書かれている。
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2015年11月11日水曜日

Adobe Live -Best of MAX-に行ってきた

六本木の東京ミッドタウンで開催されたクリエイターの祭典、

Adobe Live -Best of MAX-

に参加してきました。

 


最初のオープニングでは、最近話題の「白A SHIRO-A」が登場。
テレビでは見たことがありますが、ナマで見るのはこれが初めて。音楽と映像とパフォーマンスが見事に融合されていて、ずっと口を開けて見入ってしまいました。



2015年11月10日火曜日

キルギス・カザフスタン旅行記#35-「Dastorkon」でランチ

旅行期間:2015年7月

5日目

見学後、ちょっと遅めのランチに向かいます。
今日のお店は、キルギス語で「歓迎する(料理の)セット」という意味の「Dastorkon」というレストラン。
店構えも店内もとてもおしゃれです。

 

 

2015年11月9日月曜日

キルギス・カザフスタン旅行記#34-プルジェヴァルスキー博物館

旅行期間:2015年7月

5日目

スキタイ人のクルガン(お墓)から、50分ほど走るとプルジェヴァルスキー博物館に到着。