2015年5月20日水曜日

蔵王温泉旅行記#03-ホテルルーセントタカミヤの食事とお風呂

旅行期間:2015年5月

1日目

蔵王温泉 ホテル ルーセントタカミヤで今回割り当てられた部屋は、ちょっと狭くてテーブルも小さく眺めもイマイチ。
ツアー参加者の中では恐らく一番はずれの部屋でした。
まあ、参加者の多くがお年寄りで常連の方もけっこういたので仕方ないかとも思いますが・・。

ただ、スタッフの対応はとても良く、夕食も毎日メニューを変えてくれるなど、部屋以外に関してはとても居心地の良いホテルでした。
また、宿泊者は、蔵王にある系列の宿のお風呂にも無料で入ることが出来るのも魅力です。

お風呂が入れる宿

 

 

 

2015年5月19日火曜日

蔵王温泉旅行記#02-蔵王ロープウェイで地蔵山頂駅から三宝荒神山へ

旅行期間:2015年5月

1日目

ホテルでこれからの滞在における説明をいろいろ聞いたあと、部屋に荷物だけ置いて、急いで明日から運休するという蔵王ロープウェイに乗りに行きました。ホテルの前のではなく、5分ほど歩いた場所にある地蔵山まで行くやつです。
整備点検のため6月はじめまで運休らしいのですが、せめてこの週末(5月10日)までやっていてほしかった。

時間も時間だし、連休最終日で蔵王の噴火騒ぎもあるせいか、ロープウェイ乗り場はガラガラ。
3時45分、貸切で夕暮れ間近の蔵王山を登って行きました。

 

 

 



2015年5月17日日曜日

ペルー料理 アルコ イリス ベンボス(五反田)で食事会

週末は、五反田にあるお気に入りのペルー料理レストラン、

アルコ イリス ベンボス(Arco Iris Bembo's)

で旅好き仲間たちと食事会をしました。
以前にも何度か行ったお店なのですが、ボリューム満点でリーズナブル。そして、メニューは写真入りなのでとてもわかりやすい。

今回はアラカルトで好きなものを注文。
ペルー料理が初めてという人もけっこういたので、セビチェやパパ アラ ワンカイーナなど定番のものを中心にオーダーしていきました。
飲み物はピスコサワーやペルー産のワインやビールなど各自でチョイス。







2015年5月16日土曜日

蔵王温泉旅行記#01-新宿から山形の蔵王温泉へ

旅行期間:2015年5月

1日目

ゴールデンウィーク後半に、4泊5日で山形県の蔵王温泉に行ってきました。
今回も往復の交通と宿(1日2食付き)のみついたフリーの格安バスツアーを利用。
とても便利なので、もっとコースを増やしてほしい。

8時すぎ新宿を出発し上野経由で向かいます。
渋滞もなくスイスイ進み、国見SAでランチタイム。
ちょうどお昼時だったのでレストランはかなり混雑していたのでおにぎりなどを買って、外のベンチで食べました。牛タンカレーパンがあったので食べてみましたが、ボリュームたっぷりだったけどお肉がちょっと硬かったかな~。

 

 

2015年5月15日金曜日

川越小江戸史跡めぐり#06END-日枝神社と薩摩芋スイーツ

旅行期間:2015年4月

喜多院の山門を出て、向いにある日枝神社に寄ってみました。
本堂が建っているだけのこじんまりとした境内で、その脇に1500年前の仙波日枝神社古墳があります。








日枝神社本殿 付宮殿 一棟(重要文化財)
日枝神社は、慈覚大師円仁が無量寿寺(中院・喜多院)を中興する際に、近江国坂本(滋賀県大津市)の日吉社(日吉大社)を勧請したといいます。
本殿は朱塗の三間社流造で、銅板葺の屋根に千木、堅魚木を飾ります。三間社としては規模が小さく、梁構も簡素です。

2015年5月14日木曜日

川越小江戸史跡めぐり#05-徳川家縁の川越大師 喜多院

旅行期間:2015年4月

三芳野神社の次は喜多院へ行ってみることにしました。
道の要所要所に案内板があるので、住宅街の入り組んだ道でも迷わず着くことができます。

川越観光とはまったく関係ないですが、途中で、全車のナンバーが3の数字だけの幼稚園のバスを発見しました。
なんだかいいものを見た感じ。




三芳野神社からはゆっくり歩いて15分ほどで到着。

川崎大師 喜多院(重要文化財)
伝説によるとその昔仙波辺の漫々たる海水を仙芳仙人の法力により取り除き尊像を安置したというが、平安時代、天長7年(830)淳和天皇の勅により慈覚大師が創建された勅願寺で本尊阿弥陀如来を祀り無量寿寺と名付けた。その後鎌倉時代、元久2年(1205)兵火で炎上の後、永仁4年(1296)伏見天皇が尊海僧正に再興せしめられたとき、慈恵大師(厄除元三大師)を勧請して官田五十石を寄せられ関東天台の中心となった。

正安3年(1301)御伏見天皇は星野山(現在の山号)の勅額を下した。更に室町時代、天文6年(1537)北条氏綱、上杉朝定の兵火で炎上した。江戸時代、慶長4年(1599)天海僧正(慈恵大師)が第27世の法統をつぐが、同16年(1611)11月徳川家康公が川越を訪れたとき寺領4万8千坪及び五百石を下し、酒井備後守忠利に工事を命じ、仏蔵院北院を喜多院と改め、四代家綱のとき東照宮に二百石を下すなど大いに寺勢をふるった。

2015年5月13日水曜日

川越小江戸史跡めぐり#04-童謡「通りゃんせ」の舞台になった三芳野神社

旅行期間:2015年4月

川越城本丸御殿を後にし、すぐ向かいにある三芳野神社へ。
ここは、童謡「通りゃんせ」の舞台になったといわれているそうです。




三芳野神社社殿及び蛭子社・大黒社 付明暦二年の棟礼
平成時代のはじめ大同年間(806~810)の創建と伝え、三芳野十八郷の惣社として崇敬をあつめました。太田道灌は川越城にあたって当社を鎮守とし、江戸時代以降は徳川幕府直営の社として庇護を受けました。

寛永元年(1624)幕府の命をうけて川越城主酒井忠勝が奉行となり再興に着手、幕府棟梁鈴木近江守長次が造営にあたりました。その後、明暦二年(1656)川越城主松平伊豆守信綱が奉行となり、幕府棟梁木原義久が改修を加えました。社殿の屋根はこけら葺でしたが、弘化四年(1848)幕府棟梁甲良若狭により瓦葺に改められ、さらに大正十一年銅版葺に改められました。