2015年2月2日月曜日

スリランカ旅行記#04-スリランカの言葉とアヌラーダプラ

旅行期間:2015年1月

2日目

6時に起床し、まずは朝ごはんです。
けっこう種類があって、なかなか美味しい。

 




朝食のあと、ちょっと時間があったので目の前の大通りまで出てみると、けっこう交通量が多くトラックや乗用車、三輪車(トゥクトゥク)がバンバン走っていました。

写真を撮りながらたまに手を振ってみると、100%笑顔で振りかえしてくれます。中にはクラクションを鳴らして挨拶してくれる人もいました。

あ~~この感じ、たまらなく外国に来たという気にさせてくれます。

 

 



8時、ホテル出発。いよいよ本格的に観光開始です。
今日の最終目的地はシーギリヤですが、まずは休憩をはさみながら途中のアヌラーダプラへ向かいます。






早朝にもかかわらず、すでにムシムシするので服装は夏服でOK。ただ、バスの中での冷房対策のため薄い上着も一枚持っていきました。

さっそく「アーユボーワン」の挨拶からスサンタさんのガイドが始まります。

=====ガイド=====
2000年前にスリランカで使っていた言葉はパーリ、サンスクリット。
今も仏教のお寺の中でよく使われている。この言葉を勉強しないとお坊さんになれない。
スリランカと日本のお坊さんとは教育の方法が違う。
スリランカのお坊さんは小乗仏教で結婚できない。

パーリ、サンスクリットの言葉から現在の国語のシンハラ語になった。シンハとは獅子という意味で、スリランカ人はライオンの国民。
明日行くシーギリヤも「ライオンの岩」という意味。
シンハ語はスリランカで多く使われ、二番目の言葉はタミル語、そして英語。この国では英語を勉強しないと、学校の先生とか銀行員などの職につけない。

今からいくアヌラーダプラへは、海岸通りを使って北へ向かっていく。
アヌラーダプラは、スリランカで一番最初の都だった。紀元前5世紀につくられた。
その次の首都はポロンナルワで、明日の夕方行く。

お釈迦様は3回スリランカにいらっしゃったことがある。
スリランカで仏教が発展したのは紀元前3世紀から。インドのアショーカ王時代。

アショーカ王はとてもわがままな王で、人を殺して戦争などをしていたが、仏教の奥さんのおかげで仏教徒になった。
そして、仏教を発展させるために自分の力を使って、スリランカにお坊さんである息子のマヒンダをおくった。
今日これから行くイスルムニアというところは、マヒンダがいるときにつくった。

またその近くにある菩提樹は、アショーカ王の娘で尼さんのサンガミッターが、スリランカに来るときにインドのブッダガヤから持ってきた菩提樹の枝から育ったもの。

スリランカには地震がないので、昔からある仏教の建造物にはいいが、戦争などで壊れたものも多い。
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