2014年1月21日火曜日

四万温泉旅行記#05-四万たむらの露天風呂「森のこだま」と館内探検

旅行期間:2014年1月

1日目

仲居さんが入れてくれたお茶をいただいてから、さっそくお風呂に行ってみることにしました。
私たちの部屋は、旅館の中でも一番奥まったところだったので、お風呂や食事処まではけっこう遠いのですが、1泊くらいなら探検気分でその移動も苦にならないというものです。

まずは、滝が眺められる自慢の露天風呂「森のこだま」へ。
エレベーターのボタンにはロビーのある一階より下は、川1、川2、川3と続き、浴場はその川なんとかの階へ下りていきます。
川3階まで下りて、外の長い廊下を歩いていくと露天風呂に到着。

 

 


お風呂は誰もいなくて貸切状態でした。
お湯は無色透明で硫黄臭もありません。四万温泉のお湯はまるで美容液のようだと言われていてるそうですが、本当にお湯に浸かっていると肌がしっとりしてくるのが実感できます。


森のこだま
美しいたむらの森に響くせせらぎ、小鳥のさえずりなど、自然と一体になってお楽しみいただけますよう「森のこだま」と名付けられました。
豊富な湧出量(毎分1600リットル)と高温(83度)を誇る四万たむらならではの露天風呂で温泉の醍醐味を心ゆくまでご堪能くださいませ。(案内板より)

四万温泉の泉質と効能
古来、胃腸の名湯としてうたわれてきた四万温泉は無色透明の弱食塩泉でございます。
飲泉用として許可も受けており、胃腸にすぐれた効能を持つほか、神経痛、リウマチ、腺病質、ぜんそく等にも効き目がございます。(案内板より)

 

 


お風呂の後、夕食まで少し時間があったので館内を探検してみました。
エレベーターをおりてロビーの方へ行く間にラウンジ「こてまり」があり、その向かいに食事処「山桜」、突き当たりにお土産屋さん、そこから玄関まで広いロビーになっています。
玄関を入った正面の部屋に、たむらの歴史がつまった古い調度品や仏像、写真などが展示されていました。

四万たむらの玄関
此の母屋は天保5年(1834年)、田村家10代・茂左衛門により改築されました。徳川時代は身分制度が厳しい時代でしたが、領主(沼田城真田氏)より、「湯守」の役を任せられていたので、神社・仏閣と同様な、屋根のすそが反りあがった「向破風」の玄関を建てることが許されました。
玄関を上がると、奥の部屋が一段高く「上段の間」と云い、一番身分の高い人が休まれ、次の間が、従者の控える「中の間」となっています。
槍や薙刀の時代だったので、天井が高く造られています。(説明書きより)

四万温泉の始まり
田村氏族の祖・田村甚五郎清政が四万温泉に来たのは足利時代の永禄6年で今から約550年前になります。戦国時代、此の付近一帯の中心となっていた吾妻町の岩櫃山にあった、山城として有名な岩櫃城の6代目城主・齋藤越前守基国に仕えていましたが、永禄6年、武田信玄勢に攻め立てられ、新潟に逃れるとき、甚五郎一族郎党も之に従い、路を四万山中に求めました。更に北上する城主の行く先の安全を願い、四万に留まり追っ手を防ぐことになりましたが、それが四万温泉の開基となりました。(説明書きより)

 

 

 



 

 

 

 


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