2013年12月12日木曜日

トルコ旅行記#25-トルコとイスラム教のあれこれ話

旅行期間:2013年9月29日~10月8日

5日目

「エルトゥールル号遭難事件」の話に続き、トルコやイスラム教のあれこれ話です。



=====ガイド=====

トルコの農業

このあたりは大変土地が肥えている。
国全体は農業地帯になっていて、99.3%の自給率を誇り、世界の中でも珍しい。

場所によって農産物が違う。
イスタンブールからチャナッカレ海峡までは葡萄とひまわり、サラフィという白ワインが有名。
海峡を渡って南に行くと葡萄とオリーブ(世界で第二位の生産量)トマトは年間800万トン、いちじく、ピスタチオ、オレンジ、みかん、バナナ、パパイヤ、アボカドなんでもとれて有機栽培。
ビシリア地方はバラ製品、アナトリア高原地帯は小麦、じゃがいも、メロン、スイカ、ズッキーニなど。このあたりは牧草が広がり、羊もたくさん放牧されている。
もっと南の地中海東海岸の方に行くとトロス山脈があり遊牧民がテントで生活している。米、モモ、プラムなどの生産地。
黒海の東海岸は煙草、紅茶の生産地でここのリゼという町のチャイが一番有名。
メソポタミアあたりでは、ぶどうの生産地で最高級の赤ワインがある。

トルコの結婚事情

田舎の町では子供が多く3、4人いる家庭が多い。女性はだいたい18~20歳で結婚し、男性は兵役を終えて23~24で結婚する。イスタンブールなどの都会は物価が高いので子供は1人とかで少ない。
トルコは世界で二番目に国民の平均年齢が低く29歳。日本は40歳を超えている。

トルコの離婚率はとても低い。トルコの女性は文句を言わずよくがまんしている。
田舎では、男性はあまり仕事しない。朝ごはんを食べてカフェに行って、お昼に家に戻ってご飯を食べまた出かけ、夕飯を食べに帰りまた出かけるという生活。
亭主関白な家庭が多く男性天国と言われている。


トルコの学校事情

トルコの夏休みは、今年は6月14日からはじまって9月2日までだった。スペインとイタリア、フランスも一緒。
冬休みは2週間で1月の終わりから2月の初めまで。春休みは私立だけ。
学歴社会なので、高給な仕事につくには有名な大学を出なければならない。日本と一緒で入るのは難しく出るのは簡単。
義務教育は小学校5年間、中学校4年間の9年間。高等学校4年間、大学は専攻によって違う。最近は、幼稚園とか小学校は私立の方が国立大学に入れる確率がいい。

それぞれの国民性

ガイドの仕事はアメリカ人とイタリア人を相手にやっていた。今でもアメリカ人はやっているが、イタリア人はがまんできないのでやっていない。
イタリア人のガイドをすると夜中まで仕事が終わらない。
例えばベリーダンスに行くと、日本人なら遅くても10時半ごろできりのいいところで終れるが、イタリア人だと最後までみんないたいので12時半ごろまで帰れない。
また、時間通りに来ない、迷子になるなど大変。

一番早く起きるのは、アメリカ人と日本人のお客さん。
国によって雰囲気も違うが、イタリアだと南と北でお客さんの雰囲気が違う。南はものすごく賑やか。北と南が一緒のツアーになると座る位置も分かれてお互い話さない。話したくないらしい。北の人は「南はイタリア人じゃない」と言っている。
イタリア人だと、ランチは11時半には始められない。食べるには早すぎるからレストランに行ってもみんな中に入ってくれない。

例えば今日は、素晴らしいホテルに早く着くためにがんばって早朝に出発したが、アメリカ人と日本人はそういう理由に納得して早く起きてくれる。しかしイタリア人は早くても9時。みんな起きられないし言っても来ない。
また、アメリカ人のお客さんはお年寄りが多く、ものすごくトイレに行きたがる。一日10回、20回トイレ休憩。長時間がまんできない。

トルコ人は気が短くすぐに喧嘩になる。南イタリアやギリシャと一緒。
例えば、バーに行って目が合うとすぐにつっかかりものすごい喧嘩が始まる。
東の方だと女性を褒めることができない。観光客なら大丈夫だけど、トルコ人がやるとその女性に興味があると思われ、旦那さんやお父さんが銃を持って出てくることがある。

イスラム教の教え

これからコンヤに行くがとても宗教的な場所で、トルコのメッカみたいになっている。
女性は知らない男性に髪の毛を見せないようにスカーフをかぶっている。かぶる人は9歳からかぶる。
メヴレヴィー教団に行くが、イスラム教では7つの教えがあり世界でも有名。
  1. 自分自身であれ。またはあるがままの自分であれ
  2. 愛と慈悲は太陽のごとく
  3. 優しさと謙譲は大地のごとく
  4. 寛容の心は海のごとく
  5. 怒りといら立ちは死のごとく
  6. 施しと救いは流れる水のごとく
  7. 他者の欠点を覆うには夜のとばりのごとく
創始者は哲学者のようなお坊さんで、セマー(旋回舞踊)という踊ることによって神様とひとつになる教えを説いた。踊るときは右手の平を上に、左手を下にして30分くらいぐるぐる回る。
神様からうけたものを貧しい人に分けるという意味。
犠牲祭でも喜捨をするが、時間のない人はお金を市役所に持っていく。

コーランには、自分の生きている時代で教えを調整してくださいと書いてある。
また教えにはそれができた意味がある。宗教はサウジで生まれたが、そこは暑い砂漠だったのでその環境ゆえの規律が生まれてきた。
例えば、豚肉はダメだが、それは暑いところで傷んだ肉を食べて死ぬ人が多かったから禁止になった。
現在では食べても大丈夫だが、誰もそれを変えることができない。

断食は、貧しい人の気持ちをわかるためにやるが、病気のときや旅行のときはしなくていい。

一日5回のお祈りをするようになったのは、昔、暑いサウジではみんな木の下などでぼんやりとして動かなかったから、お祈りによって早起きをし体を動かすようにさせるためだった。そのお陰で規則正しい生活になりとても元気になった。

アラブ世界では一夫多妻制だったが、男性はみんな戦争で死んでいたから、多くの女性を養うためにこの制度ができた。
トルコでは今は禁止になっている。
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イスラムの教え、例えば一日5回のお祈りとか大変そうだなと思っていましたが、こういった背景があって生まれたと知るとなるほどな~と感心してしまいます。

ハヤティーさんが言っていましたが、宗教の話はとてもデリケートで難しいので、なるべくコメント的なことは言わないようにしているそうです。事実のみをガイドとして話すに留め、個人的な自分の意見はタブー。特に異教徒の人たちのツアーだとそのほうがいいかもしれないですね。

今回話があった7つの教えというのはイスラム世界に共通したものだそうで、これを守っていれば争いなんて起こらない気がするのですが・・と、こういうことをハヤティーさんは言わないようにしているのでしょうね~


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