2013年9月9日月曜日

姫路旅行記#06-姫路城小話 その三:姫路城が戦火を免れた本当の理由

旅行期間:2013年8月29日~8月31日

2日目

姫路城小話 その三:姫路城が戦火を免れた本当の理由

昭和20年7月3日、姫路城の城下町一帯はアメリカのB29の爆撃により焼け野原になった。
しかし、姫路城だけは焼かれずにすんだ。


ビルが建っているあたりが全部焼けてしまった


なぜ焼かれなかったのか地元民の間で推測がなされ、その理由のひとつに、

姫路城が美しく貴重な建物だからきっと残してくれたのだろう

というのがあった。
しかし、同じように美しい名古屋城は爆撃されたので、その説を信じるには少々弱く依然として謎だった。

そんな中、世界文化遺産などの指定など、世界からも注目をあびるようになったので、やはりここははっきりさせようということになり、有識者による真相究明チームが組まれた。
彼らは、真相を知っているはずの当時のパイロットを探すべくアメリカに旅立ち、結果、11人も探し当てることができた。
そしてその中の一人、アーサー・トムズさんの証言によって、ついに真実が明かされたのである。


それによると、当時、上官からは姫路城を爆撃するなという指令はいっさいなかった。
出撃したのは夜で、そのころの戦闘機のレーダーは性能が悪く、陸と水面の違いも良くわからないくらいだったので、地上の様子は目視に頼ることが多かった。

一方、姫路城は陸軍と文部省が管理していて、姫路城を守るための対策を行っていた。
城の壁は美しい漆喰の白色だったが、それは遠目にも目立ちすぎる。
そこで黒に塗ろうかという案も出たが、それではあまりに忍びないということで、黒い紐を編んで白壁を覆った。
そのため、夜になるとまわりの闇に見事に溶け込むことができた。

そんな姫路城の上空を暗闇の中飛んでいたアメリカのパイロットたちは、城の周りのお堀に湛えられた水のかすかなきらめきとあたりの闇に、その一帯が湖だと勘違いし爆撃を行わなかったのだ。

こうして姫路城は地元民の努力と幸運によって爆撃を免れたのである。
=====



長い歴史の中には、

もしあのときこうなっていたらきっと歴史は変わっていた

というのがたくさんありますが、これもそんな出来事のひとつかもしれません。
もし爆撃が昼間だったら、黒い網で覆っていなかったら、レーダーの性能が良かったら・・

ガイドさんが「姫路城は奇跡の城」だと言っていましたがそれも納得です。



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